兵庫県立美術館の「
ムンク展」に行ってきました。実は相方と出掛ける目的で一番多いのが映画や遊園地では無く絵画鑑賞なのです。絵画鑑賞が特別に好きって訳では無く、ワシが映画は腰が痛い、遊園地はジェットコースターが苦手ってのが原因なんです。絵画鑑賞は集中すると目が疲れるのが原因なのか肩こりが酷くなりますが、これは我慢出来る範囲です。
ムンクと言えば「
叫び」くらいしか知りません。それほど興味もありませんでした。まあ、ワシの絵画鑑賞なんてそんなものですが。元々鮮やかな色を使った精巧な絵が好みなので、ムンクとは真逆ですね。前情報無く「
叫び」を知っているってだけで出掛けたのですが、実際に観てみると疑問が多々浮かんできます。例えば「浜辺の若者達」

「何故この絵の海の色はどぶ川の様な色をしているのだろうか?もっと鮮やかな色で塗ってよ」
等、勝手な事を思ってしまったりしますが、帰宅後にこの作品について調べてみると、
《浜辺の若者たち》
「リンデ・フリーズ」11作品の中で唯一、極端に彩度の低い作品です。浜辺に並び、水平線を臨む4人の男女。同じ方向を眺めていながら何一つ共有していない彼ら。かくんと失速した青春。
若者の時間は過ぎるのが早いから、自分の未来は自分が創るものだと信じて安心し、波打ち際でぼんやりしている間に、外から内から決められてしまう事の多さ。少し離れてからでないとその色も意味も現像出来ない事の哀しさ。これを読むと、なるほどなと思ったりもします。
ワシが唯一知っていた「
叫び」も、今までは真ん中の変な顔をしている人物が叫んでいる絵だと思っていました。

しかし、
「叫び」
この絵は、ムンクが感じた幻覚に基づいており、ムンクはこのときの体験を日記に次のように記している。
「私は二人の友人と、歩道を歩いていた。太陽は沈みかかっていた。突然、空が血の赤色に変わった。私は立ち止まり、酷い疲れを感じて、柵に寄り掛かった。それは炎の舌と血とが、青黒いフィヨルドと町並みに被さるようであった。友人は歩き続けたが、私はそこに立ち尽くしたまま不安に震え戦いていた。そして私は、自然を貫く、果てしない叫びを聞いた」
しばしば誤解されるが、「叫び」はこの絵の人物が発しているのではなく、「自然を貫く果てしない叫び」のことである。絵の人物は、「自然を貫く果てしない叫び」に恐れおののいて耳を塞いでいるのである。尚、ムンクがこの絵を発表した際、当時の評論家達に酷評されたが、後に一転、高く評価されるようになった。って事だそうです。あの人物は叫んでいるのでは無く、
叫びに対して耳を塞いでいたのかと。
帰り道に相方と
「ムンクってどの作品の時点で評価されたのだろう?」
「晩年に自身のアトリエに作品を並べてその意味を考えていたってあったけど、お前が描いた作品と違うんかい!意味は後付けかい!」
「油絵が好きな人は鑑賞するポイントって何処だろう?」
等と好き勝手な事をダラダラ話しながら帰って来ました。
まあこの日一番のメインイベントは帰り道に立ち寄った焼肉屋だったのですがね。ワシ達なんて所詮そんなものです。